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事業所名 |
株式会社ナカムラスレート[社歴ページへ] |
郵便番号 |
885-0006 |
所在地 |
宮崎県都城市吉尾町2139番地 |
電話番号 |
0986-38-1030 |
FAX番号 |
0986-38-2290 |
代表者 |
中村 和裕 |
資本金 |
10,000,000円 |
従業員数 |
20名 |
創 立 |
昭和28年4月 |
業務内容 |
- プレスセメント瓦製造・販売・施工
- 各種屋根材工事
- 屋根・壁塗装工事
- 屋根・壁・樋板金リフォーム工事
- 太陽光発電システム工事
- オール電化工事
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取扱商品 |
- プレスセメント瓦(自社製品)
- 陶器瓦(淡路・石州・三州)
- 粘土瓦(淡路)
- 化粧スレート・ROOGA
- シャープサンビスタ太陽光発電
- オール電化商品
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E-Mail |
info@nakamura-slate.com |
HPURL |
http://www.nakamura-slate.com |
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都城市太郎坊町1659−4にて創業 |
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第一工場 80坪を建設 |
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有限会社 中村セメント瓦工業所として法人設立 |
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油圧プレス機3台購入し厚形スレートの生産開始 |
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隣接地約600坪を購入し第二工場150坪を建設 |
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S形30枚版の生産開始 |
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鹿児島市田上町に出張所を開設 |
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吉尾塗装工場(土地600坪 建物105坪)建設 |
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吉尾町に新工場予定地として土地1800坪購入 |
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生産工場 1,339.47u (405.9坪)を建設 |
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塗装工場 622.85u (188.7坪)を建設 |
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新工場において生産開始 |
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日本工業規格表示許可JIS A5402(厚形スレート和形49)の交付を受ける |
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本葺瓦45枚版を生産開始 |
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中村セメント瓦販売株式会社を設立 |
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全自動2面式プレス機及び自動脱板装置購入 |
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洋瓦 セラルーフ40枚版を生産開始 |
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セラルーフを自動脱板装置にて生産開始 |
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10列水系塗装設備装置 水系塗料にて焼付塗装開始 |
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洋瓦セラウィング33枚版を生産開始 |
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バッチャ−プラント自動制御装置設置 |
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オートラックシステムを3台設置 |
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セラウィングを自動脱板装置にて生産開始 |
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土地300坪購入 従業員駐車場増設 |
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ピーエスクニシロ タイル工事開始 |
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塗装ラインに窯変調塗装システム導入 |
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JIS改正に伴い厚形スレートからプレスセメントがわらと名称変更 |
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シャープ太陽光発電システム販売開始 |
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スパニッシュ瓦製造開始 窯変調瓦(アースイエロー・アースオレンジ・プロバンス)販売開始 |
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セメント系
<石綿スレートの代替策で誕生>
潟mザワの創始者、野澤幸三郎氏は石綿スレートの製造で大正2年(1913年)日本石綿盤製造鰍創立しましたが、発注した輸入製造機械が入手できず、窮余の一策を講じました。セメントと石綿で輸入品の石綿スレート小平板と粘土瓦和形の折衷形を作り、商品名「六甲スレート」として売り出したのです。これが日本における「セメント瓦」 「厚形スレート」の始まりという説がある一方、昭和51年(1976年) 日本瓦楽会編纂の「セメント瓦先覚者及び功労者伝記集」は大正3年(1914年)、第一次世界大戦中国の青島、満州、朝鮮を通じて渡来したと記述しています。「伝記集」は、「当時の海軍によってドイツの極東における植民地となっていた青島を占領した際に、その市街地の建築に青・赤・小豆色といった色とりどりの“セメントモルタル”で作られた屋根瓦があり、それを軍関係者によって見いだされたのが始めで、これが当時の関東州大連に移入され、拡張期にあった満鉄、および朝鮮鉄道沿線の駅舎、社宅等を始め一般市街地の建設用屋根材として採用されることとなった」と書き残しています。いずれにしろ発売当初はセメントと石綿だけを主材として製造されていましたが後に細骨材の砂を混ぜ、さらに昭和14年(1939年)に石綿の配給がストップしたのを契機に石綿を用いず、強度を保つために製品の厚さを増したのです。この時石綿スレートより厚くなったので、「厚形スレート」の名称が生まれたと言います。当時、セメントと砂を用いた屋根材料には原材料の配合割合と製法、形状の違いで三つの製品名称が混在していました。粘土瓦と同じ和形の形状を手押しで作っていた 「セメント瓦」、それがプレスの導入で機械化された「プレスセメント瓦」さらに同じ機械成形で、かつセメントの配合量が多く、形状が粘土瓦の分類からすれば洋形ですが、JISで平形に形状区分されている「厚形スレート」です。
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「厚形」と「スレート」の矛盾
屋根用の薄い粘板岩を意味する英語の「スレート」、これに厚い形状の「厚形」という日本語をつけた名称。この厚形スレートという造語自体が、そもそも矛盾した内容を語っているわけです。前述した業界の歴史的な経緯もあって、セメント瓦で通用する地域、プレスセメント瓦の名前を使うメーカー、厚形スレートの名前が浸透している地域などさまざまです。
JIS規格も、現在は昭和25年(1950年)にA5402として制定された「厚形スレート」だけに集約されていますが、かつては「セメント瓦」も「プレスセメント瓦「」もありました。 現在のJISも英文名称が「プレスセメント瓦」となっており、「名は体を表す」名称が業界としてもぜひ欲しいところでしょう。現在でも厚形スレートの名称問題は業界で論議されています。この屋根材が市場に浸透し、一定のシェアを確保した大きなエポックは二つ、すなわち関東大震災と大二次世界大戦でした。前出の「伝記集」はこれらについて、大正12年(1923年)の関東大震災で「政府は復興にあたり、屋根瓦葺きについては引っ掛けを備えた瓦か、釘止めすることを条件に規制された。これに対しセメント瓦は和、洋式ともに引掛桟式か、釘止めするので、当時使用されていたセメント瓦で屋根から滑り落ちるといった事実の皆無であったことから、多数官民の注目するところとなり、当時屋根材の払底もあって、旺盛なる需要」を呼んだとし、また「昭和21年(1946年)6月、当時横浜に駐屯の第8設営隊はその宿舎の屋根材としてセメント瓦を使用することを決定」するとともに、「時の戦災復興院によってセメント瓦を最初大都市の復興用屋根材として採用」するに至ったと述べています。現在のJISで厚形スレートは塗装による区分として、顔料練り込みも含む無塗装品と塗装品に分け、形状では和形、S形、そして粘土瓦の洋形にあたる平形と平S形に分けています。従って最近の洋風大判の厚形スレートや、塗料の代わりに釉薬で表面処理した施釉セメント瓦は規格の対象外になっています。
注意 尚現在では平成14年のJIS改正で「プレスセメントがわら」と名称が変わっています。 |
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所在地 地図 |
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